「コテンラジオ」とは
学校では学べないことを分かりやすく、面白く学べるように話してくれているラジオ番組

SpotifyポッドキャストYouTubeで歴史が好きな方は知っている「コテンラジオ」。
私同様に「歴史が好き」「日本史が好き」「世界史が好き」な方々は、ぜひとも、聴いてみてください。
今後も”コテンラジオ”は更新されていきますので、こちらも情報の更新をしていきます!

コテンラジオとは、 株式会社COTEN 代表の深井龍之介さん、メンバーの楊睿之さん株式会社BOOK代表の樋口聖典さんの3名が日本と世界の歴史を面白く、かつディープに、そしてフラットな視点でお伝えしていく番組です。

最近では、株式会社COTENのメンバーが続々とコテンラジオに登場したり、スピーカーに室越龍之介さんが追加されたり、リスナーMC進行にキニマンス塚本ニキさんが登場したりと色々と進化を遂げている魅力的なラジオです。

下記がコテンラジオホームページです!
株式会社COTEN

○「カーネルサンダース」 #07~#08 Spotifyオリジナル

1890年-1980年まで活動した実業家

本名は、ハーランド・デーヴィット・サンダース

ケンタッキーフライドチキン(KFC)の創業者

日本では、ケンタッキーおじさんやカーネルおじさんなどと呼ばれていて、世界の人々からも愛されている。

【注目ポイント】

・「カーネル」という名前はどこからでてきたの?

コテンラジオで語ってくれてるのですが、ケンタッキー州に貢献した人に与えられる「ケンタッキー・カーネル」という名誉称号から取っています。

みなさんがカーネルサンダースと呼んでいるのは、そんな歴史があったんですね。

・フライドチキンの歴史とは

フライドチキンは、カーネルのお母さんの料理が原点です。

カーネルはお母さんのことからの影響が大きくフライドチキンもお母さんとの暮らしによって生まれたものです。

・ケンタッキー・フライドチキン(KFC)はどう生まれたのか

カーネルは、40歳から65歳までサンダースカフェという飲食店を行っていました。

そのサンダースカフェで、フライドチキンを作りケンタッキー州で人気があり、「ケンタッキー・カーネル」という称号をもらうことになります。

ただ、65歳にサンダースカフェが廃業します。

そこからのカーネルが凄かったんです。

ケンタッキー・フライドチキン(KFC)の始まりです。

・カーネルは生涯現役

カーネルは亡くなるまで生涯現役を通しました。

経営側から引退後は、店舗まわりを行い、ケンタッキー・フライドチキンの普及に努めていました。

・白いスーツはいつから着てるの?

白いスーツは、65歳からフライドチキンを広めるために営業まわりで着ていた服です。

営業まわりをしていた時は、家族と一緒に車で寝泊まりしたりと、苦労したこともありました。

○まとめ

いかがでしたでしょうか。

カーネルおじさんの生涯は中身の濃くすごい人生でした。

今回のコテンラジオを聴いているとケンタッキー・フライドチキンを食べたくなりますね。

実際に、深井さんが途中でポテトを食べたりとお腹が空いてしまう結果となっていました。

私もケンタッキーを食べに行きました。

みなさんも聴く際は、ケンタッキーの準備をして聴いてみてください。

では、今後もコテンラジオを一緒に楽しみましょう。

○「歴史思考」

深井さんの初の著書である「歴史思考」です。

内容紹介

キリスト、ガンディ、ブッダ、サリバン先生、孔子、チンギスハン……歴史上の偉人たちも実は現代人と同じように苦悩していた。歴史を知り、長い時間の流れの中で物事を捉えられるようになれば、目の前の悩みは一瞬で消えていきます。

プロローグ

僕たちの「当たり前」を疑えーチンギス・カン/1
スーパースターも凡人だったーイエス・キリスト、孔子/2
100%完璧な人間なんていないーマハトマ・ガンディー/3
人生のクライマックスは終盤に現れるーカーネル・サンダース/4
奇跡を起こすのは誰だ?-アン・サリヴァン/5
千年後のことなんて誰も分からないー武則天/6
僕らの「当たり前」は非常識ー性、お金、命/7
悩みの答えは古典にあるーアリストテレス、ゴータマ・シッダールタ/エピローグ 今こそ教養が必要なワケ


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By ぱんだ

白黒うさぎを飼っている30代の独身男のぱんだです。 通信携帯業界に約10年以上携わったガジェット好き。 今後、通信系の経歴を活かし、情報発信やうさぎ、自分の趣味も数多くあり新しいお得な情報を分かりやすくお届けします。

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